自閉スペクトラム症(ASD)

自閉症(ASD)の治療方法とは?治すではなく生きやすくするための方法

自閉症は幼少期から兆候が見られることが多い一方、大人になってから初めて生きづらさの原因として診断につながるケースも増えています。しかし、「本人の努力不足」「親の育て方の問題」といった誤解はいまだに根強く、周囲の理解不足が本人の苦しさを大きくしてしまうことも少なくありません。

適切な支援や環境調整が整うほど、特性は強みとして発揮され、自立度や社会参加の可能性が大きく広がります。本記事では、自閉症の基本的な特徴や原因、セルフチェックのポイント、さらに治療や支援の実際までわかりやすく解説します。「治す」ではなく「生きやすさをつくる」という視点が、生活していくうえで大切です。

監修

医療法人優真会 理事長
近藤匡史

順天堂大学医学部を卒業後、複数の精神科病院で急性期・慢性期・認知症医療等に従事。現在は医療法人優真会理事⾧、なごみこころのクリニック院⾧として地域精神医療の充実・発展に尽力しています。

自閉症とは

自閉症とは、社会的なコミュニケーションや対人関係の形成に特有の困難が見られ、加えて行動や興味のパターンに強いこだわりがみられる発達障害の一つです。現在は自閉スペクトラム症(ASD)と総称され、症状の程度や得意・不得意の幅が大きいことが特徴です。

幼少期から兆候が見られる場合が多い一方で、大人になってから生きづらさを自覚し診断を受ける人も増えています。脳の情報処理の特性によって、相手の意図を読み取ることや暗黙のルールに沿ったコミュニケーションが苦手になることがありますが、論理的思考力や専門分野への集中力といった強みを持つ人も多いです。

自閉症は「治す病気」ではなく、生き方や環境の調整によっては高い能力を発揮できる場合もあります。

自閉症の原因

自閉症スペクトラム障害(ASD)の原因は単一の要因ではなく、複数の遺伝的、脳の発達、妊娠時の環境などが重なって発症すると考えられています。以下で詳しく解説します。

遺伝的要因

自閉症スペクトラム症(ASD)は、長らく「親の育て方」や「環境の影響」で起こると誤解されてきました。しかし現在の研究では、発症に強い影響を与えるのは遺伝的要因であることが明らかになっています。実際に、自閉症の遺伝率は50〜90%と高いです(1)。

こうした遺伝的要因は、その子ども本人の性格や能力と同じく生まれ持った特性に近い位置づけです。研究の進展により、将来的には特性に合わせた支援や早期のアプローチにつながる可能性が期待されています。

妊娠時の環境

妊娠期の母体環境が自閉症の発症リスクに影響する可能性があります。ただし、環境要因だけで自閉症になるわけではなく、基本的には遺伝的要因が主要因となりやすいです。

妊娠時の栄養状態に関する研究で、妊娠時に葉酸を摂取すると自閉症を発症するリスクが減少したという研究もあります(2)。また、母親が肥満状態だと炎症性サイトカインが上昇し、神経系の発達に影響を与える可能性があります。このように、妊娠時の環境が自閉症の発症に影響しやすいです。

母親の生活だけが原因で発症するわけではなく、医学的に避けられない遺伝的要因も多く含まれます。

自閉症のセルフチェック

自閉症でよくみられる特徴を以下で紹介します。

  • 視線が合いにくい・目を合わせるのが苦手
  • 人とのコミュニケーションがうまくいかない・会話が一方通行になりやすい
  • 相手の気持ちや表情を読み取ることが難しい
  • 興味やこだわりが特定のものに強く集中する
    (例:電車・数字・特定キャラクター など)
  • 予定外の変化や環境の変化を極端に嫌う
  • 感覚の過敏または鈍感さがある
    (光・音・におい・服のタグ・痛みなど)
  • 会話や行動に独特の反復が見られる
    (同じ言葉を繰り返す、特定の動作を繰り返す等)
  • 空気を読むことや場面に合わせた行動が苦手
  • 想像遊びやごっこ遊びが難しい(子どもの場合)
  • 対人関係が長続きしない・孤立しやすい

上記の項目は自閉症でよくみられる特徴です。当てはまる項目が多い場合は、自閉症の可能性が高いと考えられます。日常生活に支障をきたしている場合や、自閉症なのか診断してもらって安心したい方はぜひ来院ください。

自閉症は完治する?

自閉症は、遺伝的要因の影響が強く、脳の発達特性として生まれつき備わっているものです。そのため「病気を治す」という意味での完治は難しいです。特性そのものを消失させるのではなく、その人の困りごとを和らげ、生活しやすくする支援が治療や支援の目的です。

幼少期からの早期療育により、社会的スキルやコミュニケーション能力が向上し、日常生活上の困難が軽減されるケースは多くあります。また、教育的支援や環境調整、本人に合ったコミュニケーションスタイルの獲得によって、自立度や適応力が高まることも確認されています。大人になってからもカウンセリングや就労支援などのサポートにより、特性を理解し強みを活かした生活を送る人は少なくないです。

重要なのは「治す」ではなく「生きづらさを減らす」方向で支援することです。本人が安心できる環境や理解者の存在によって、社会参加の可能性は大きく広がります。

自閉症の治療方法

社会的支援

自閉症の支援において重要なのが社会的支援です。本人の苦手を責めるのではなく、環境面の調整や生活のしやすさを整えることでストレスや困難を減らします。例えば、指示が曖昧だと混乱してしまう場合、文字で伝達するのも一つの方法です。また、感覚過敏の場合はイヤーマフなどの着用、在宅勤務の許可を得るのも大切です。これらを実践するためには、職場の理解が必要になります。

行政の制度としては、療育手帳、障害福祉サービス、就労移行支援や就労継続支援などが利用でき、生活面から社会参加まで幅広くカバーできます。

また、家族支援も重要であり、養育者が特性を理解することで「なぜできないのか」を正しく捉えられるようになり、対応のストレスが軽減します。社会的支援の本質は、本人の努力不足ではなく環境とのミスマッチであるという考え方にあります。この視点を軸に整備を進めることで、自閉症の人が自分の特性を活かしやすい生活をつくることが可能です。

心理療法

心理療法は、不安や生きづらさを和らげ、自分の特性を理解しながら生活上の困りごとを解決することを目的とした支援です。代表的なものには認知行動療法(CBT)や対人関係療法、社会スキルトレーニング(SST)があり、特に大人の自閉症ではSSTが重要な役割を果たします。対人コミュニケーションの誤解を減らし、自他の境界を理解しやすくする練習が中心です。

また、ストレスの受け止め方を調整するマインドフルネスや情動コントロールトレーニングも有効とされています。心理療法は、本人が困っている部分に焦点を当てるため、特性の否定ではなく活かし方を学ぶ治療方法となります。療法士との信頼関係が成果を左右するため、安心して話せる環境づくりが重要です。単独で行う場合もありますが、社会的支援と併用することで生活全体の改善につながります。

薬物療法

薬物療法は、自閉症そのものを治すわけではありません。しかし、不安、不眠、強いこだわり、衝動性、うつ症状など、日常生活の妨げになる併存症状を改善する目的で用いられます。用いられる薬には抗不安薬、抗うつ薬、抗精神病薬などがあります。特にストレスからくる不安や過敏性が強いとコミュニケーションに困難が生じるため、薬物療法が生活の安定に重要です。

一方で、副作用や本人の体質との相性を確認する必要があり、医師による慎重な調整が必要です。薬は特性を変えるためではなく、暮らしを整えるための補助として位置づけるのが適切です。薬物療法単体ではなく、心理療法や環境調整と組み合わせて行うことでより安定した改善が期待できます。

自閉症の治療で日常を過ごしやすくしましょう

自閉症は、社会的コミュニケーションや対人関係に特有の困難が見られる発達障害であり、興味や行動のこだわり、感覚過敏などを併せ持つことが多いです。原因は一つではなく、遺伝的要因が強く影響しつつ、妊娠時の母体環境など複数要因の組み合わせによって発症すると考えられています。

自閉症は治す病気ではなく、生まれ持った特性であり、環境調整や支援によって困りごとを減らすことが重要です。本人の特性に合った支援として、療育や社会的支援、心理療法、必要に応じた薬物療法が有効とされています。特に職場や家庭での配慮、情報伝達の工夫、感覚面へのサポートが生活のしやすさにつながります。本人の特性理解と周囲の支援が整うことで強みを生かした生活が可能になり、社会参加の幅も広がります。


【参考文献】

  1. 自閉スペクトラム症 ―診断上の留意点と,発症メカニズムの最近の知見について―
  2. 妊娠期の母体ストレスと脳機能形成異常(日本衛生学会)